jane1980’s blog

「預言書を隠し持った煙突掃除の少年」冒険記

「エウレカの丘」”怖い”を選択してみる〜

behind the scenes.
本日シューティングの裏側。

「牛〜〜♡」笑
 

youtu.be

 

この日どうやら
普段より風が強かったらしく、
しかも普段このエリアにはあまり見かけない
牛たちがたくさんいたようです。
  

 

ここはまるで、
牛の形をした神々達の
住処のよう。
 
 

この日は図らずしも
「風」の時間になりました。

 
 

 

風に「乗る」のもいいけれど、
風を背中で感じつつ
絶妙なバランスで、
寄り添うように「均衡を保つ」。
 

風はまるで
安心した背もたれのように
体を支えてくれる。

 
  
  

 

ここは観光名所でもなければ
なんのサインも出てない。
地図にさえ載っていない
特別な場所。
 

 

エウレカの丘 ”
 

わたしたちは
そう名づけました。

 

 

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今回の滞在を通して、
これまで信じやってきた撮影方法を
(それは私にとってはとても怖いこと )を
試し始めました。
 
  

 

いつもなら
目線、体の向き、体の動かし方など
細かく指示することが多かった。
表現してもらう感じね。
 
 

 

時に自分でも動き見せながら、
割とリーダーシップを発揮するような
撮り方をしてきたんです。
 

 

 
特に写真が苦手な人だと

「カメラの前で
 どうしたらいいかわからない」


と言う人が
ほとんどだったから。
 


だけどそれを
手放してみました。
 
  
 

ただいてもらう。
ただ撮る。
 

 

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違うと思えば
そして必要ならば、
撮影自体も
勇気を持って止める。
 

 

それは私にとって
とても怖い選択でした。  
 

 

 

 

さらにこれまで
避けてきたもう一つ...、
 
  

 

相手や自分の ( 今の感覚 ) を
その都度シェアし合うこと。

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動きたくないなら
動かなくていい。
その場所が心地いいなら
そこで。
 
 

「表現しようと」しなくていい。
 
 

ただそこにいて
今感じていることを
シェアし合う。
 

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[ 表現させる ] という
これまでのひとつの手法を
手放したのです。

  

 


 

この日の撮影では、
私から指示をしたのは
映像用のために撮った
数カットのみ。
(立つ場所と顔の向きだけ)
 
 

 

もし、撮影中に
被写体か私、あるいは両方が

なにか違和感を感じ
どこか循環してない。

そう感じたとしたら
 
 
撮影自体も中断して
その日はやめる、
という選択も必要なんだと。
 
 

これまでは
違和感を感じても
ムキになって
撮ることがあったんだよね。
 


あれ、おかしい。
何かが違う。
こうじゃない、そうじゃない。

こっちじゃないか?
あっちじゃないか?
みたいにね。


お互いの感覚を信頼する、
委ねるということは
本当は私にとって
とてもとても怖いことだったのです。

 

 

でもね、
そうしてみたいと思ったの。
だからやってみようと思うよ。
少しずつ、失敗しながらでも
少しずつね。

 

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(帰ってから見たら、なぜかこのシーンに涙...)