jane1980’s blog

「預言書を隠し持った煙突掃除の少年」冒険記

傷ついている自分を知られたくない:この1年半の軌跡

泣けるっていいな~と

最近思います。

 

 

 

ここ数年で

顔が変わったね、雰囲気が違うね、

と言われるようになりました。

  

 

 

今までは

どちらかと言わなくても

バリバリキリッとしてきたのに

どうして急に弱い自分や心の内側を

曝け出すようになったのか?

 

今日はね

そのことを書いてみたいと思います。

 

 

 

 

 

私たちの世代の多くは

「人前で感情を出すことはみっともないこと」

と教わってきた世代なんじゃないかな。

 

 

幸せを喜ぶことさえ「はしたない」

人前で泣くのは「みっともない」

怒れば「器が小さい」

悲しんでクヨクヨするのは「弱い人間」と。

 

 

 

 

かくいう私は、

 

美味しくご飯を食べれば

「普段何も食べさせてないように見える」とか

 

誰かに褒められ喜んでいると

「おめでたい」とか

 

シンプルに生きようとすると

「薄っぺらい」「浅はかだ」とか

 

愛想のいい会話ができないと

「まるで息子がいるみたいだ」とか

  

 

まぁ割と散々な言われようで

何かと傷ついてきました。

今読み返すと笑っちゃうけどね。 

 

(もちろんそんな記憶だけじゃないですが)

 

  

 

 

中でも

小さい頃から

私が一番抵抗を感じていたのが

「傷ついた姿を知られる」


ことだったように思います。

 

  

 

中学の頃クラスメイトに

無視され人生どん底だと思っていた時も

親には絶対知られたくなかった。

 

 

高校の時彼氏と別れた時も

親には絶対知られたくなかった。

 

 

自分の娘が誰かに無視されていると知ったら

どう感じるんだろう。

  


自分の娘が人から受け入れられない

愛されないと知ったら、

どれだけ傷つくだろう。

どれだけ悲しむだろう。 

 

 

そう思ったら

何としても死守するしかなかった。

 

 

 

 

 

自分が傷ついた姿を見せれば

相手が傷つくと思っていたし

 

 

万が一傷ついた姿を見せようものなら

攻撃されるとさえ思ってた。

 

 

弱った自分を見せれない、

そのまんまの自分でいることが

許されない。

 

 

そう感じていたとすれば

私はどこにいても

ずっと安堵できなかったように思う。

 

 

やがて私は

自分本来と真逆の姿で

世の中と関わることを覚えました。 


その戦略は大成功だった。
おかげで私は
「攻撃される」恐怖から
解放されたのです。

 

 

 

大成功だった・・・

はずでした。 

  

 

 

 

  

 

 

占星術でいえば

[太陽星座] は社会に対して働きかけ、

[月星座] は家や安心する場所で出てくる星座

 

 

私の[太陽星座]は魚座にあり、

水のように何かにひっつき寄り添い

柔らかく受け入れていく。

相手と響き合う。

独断と偏見解釈でいえば
THEメンヘラ気質

(ちなみにメンヘラは私にとって最高の褒め言葉です。w

 

 

 

 

対して私の[月星座] は獅子座にあり、

子供が何かに熱中するかのごとく

夢中になって自分の世界で遊びながら

表現することを好み

目立つのが好き、俺様気質。

 

 

 

 

 

 

 

ある時、

私が人と関わる様子を見てきた友人が

こんなことを教えてくれました。

 

「陽子ちゃんて月と太陽逆に使ってるよね」

 

 

私は初対面ではほぼ

「怖い」「話しかけづらい」「近寄りがたい」

という印象を持たれてきました。

 

これは私が持っている星座の中では
獅子座の印象。

 

  

そしてある友人たちの前では

よく泣き、世間でいう「みっともない」姿で

メンヘラまくる。

 

これは魚らしさ。

 

  

 

 

つまり

本来安心する場所で使うはずの[月星座] 獅子座の資質を

外側(社会)に対して使い、

社会に働きかけるはずの[太陽星座] にある魚座

内側で使っていたことになります。

 

 

 

もちろん

家では割とオレオレだし

気心知れた友人の前でも獅子を使うことがあるので

全てのシチュエーションが当てはまるわけじゃありませんが。

 

 

  

 

星座というと

当たる当たらないで判断されがちですが、

自分が本来持っている

「自分の才能の生かし方」の地図のようなもの。

  

 

 

攻撃される恐怖から解放されたはずが
なぜかいつも生きづらさを感じていた私は、

もしそんな自分らしい生き方があるのならば

その地図をたよりにやってみたい、と思ったのです。

 

 

 

だけどそれは

簡単なことではありませんでした。

なぜなら、
これまで身につけ馴染んできた癖を変えるのは

容易じゃなかったからです。

 

  

 

特に、社会に対して魚座を使うということは

私にとって

武器も持たずに戦場に行くようなもの。

服を着たまま海に飛び込み彷徨うようなもの。

 

 

絶対刺されるし沈むし、

なんなら死ぬよね、レベルの恐怖を伴いながらの

試みでした。 

 

 

 

だからまず最初は

安心できる場所を自分で作り

そこで意識的に出していくという

訓練を始めることにしました。 

 

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FB
グループページで限定公開を始めた

「こちらリハビリセンター」。
FBにてそのリハビリを
温かく見守ってくれる人限定と募集し、
その様子を発信していきました。


それが去年の5月、
イギリスから戻ってきた直後でした。



・・・。
・・・。


この時は割と
シリアスだったんだけど、
今思うとネタ感..ひどいな。

 

 

 

まぁ、内容も割とひどいですw 

心の拡声器か?

サトラレか私か!?並みに

自分の中のタブーをさらけ出しました。

 

 


さらに去年の8月ハワイから戻って

LINE@を開始し、
少しずつその場所を

広げていきました。

 

 

やがて世界が少しずつ

変わりはじめました。

 

 

エジプトの話や熱田神宮での出来事や

説明できない出来事が起きるようになったのも
この頃です。


社会に対して魚座を出せば出すほど
攻撃されるどころか
どんどん世界が丸くなっていきました。


力まなくてもスーパーサイヤ人にならなくても
なんかわからないけれど自然にできてしまう「何か」。
循環していく世界。


 

 

そして挑戦したのが

前回の撮影企画でした。

 

 


ここ1年ちょっと、その体感をもって

私は確信しました。

 

私はこれをやってみたい、

こうやって生きていきたい、と。

 

 


 

 

正直、魚座の質や才能というのは

世の中ではほぼ理解されないものばかりです。

圧倒的マイノリティだと思う。

 

それなのに理解し合いたい、わかり合いたい

溶け合いたいという願いが12星座イチ強い。 

 

なんたる悲劇

 

 

 

だけどこの動きを始めてから、

不思議なことに魚座とご縁のある人たちと

吸い寄せられるように

出会うようになりました。

 

 

そして私の写真の撮り方も

変わっていきました。

 

人との関わり方も

おそらくこれまでとは
全く異なるかもしれません。

 

 

 

今はまだうまく言葉にできないけれど

この1年ちょっと、私は星を通じて

周りの人たちを通じて

少しずつ自分の姿を思い出していったのです。